カートの画面に「あと780円で送料無料」と出ると、私は指が止まる。780円の送料を払うか、780円ぶん何かを足すか。冷静に考えれば、どちらも780円出ていくのは同じだ。だが、同じではない気がする。送料は「無駄」で、買い足しは「物が残る」。そう自分に言い聞かせて、棚の奥で眠ることになる電池や洗剤をカートに入れる。あとで箱を開けて、なぜこれを買ったのかと首をかしげる。その繰り返しを、私は何年も続けている。
自分だけの癖かと思っていたが、そうではなかった。会社で実施した「まとめ買い行動」に関する調査で、EC利用者300人に聞いたところ、この指の止まり方は、ほぼ国民的な癖だと分かった。今日はその数字を、少し意地悪な目で読んでみたい。
二人に一人が、予定のなかった物を足している
送料無料や割引の条件を満たすために、買う予定のなかった商品を追加で買った経験がある人は、55.0%。よくある人が14.0%、たまにある人が41.0%で、合わせて二人に一人だ。女性は60.0%、男性は50.0%。そして、足した金額は小さい。1回あたり1,000円未満が68.3%、2,000円未満まで広げると82.7%。いちばん多い帯は500円から1,000円未満で、44.0%だった。送料がだいたい数百円だから、その数百円を避けるために、数百円から千円を足す。支払いを避けるための支払いが、ここで起きている。
何を足すのか。日用品・消耗品が44.9%、食品・飲料が41.2%。「いつか使うもの」で帳尻を合わせる、という戦略だ。私の電池や洗剤と同じで、理屈は通っている。いつか使う。だから無駄ではない。そう信じて、指を動かす。
足した人の六割が、「買わなくてもよかった」
ところが、その「いつか使う」の先に、この調査でいちばん重い数字が待っていた。追加で買った経験のある人のうち、「買わなくてもよかった」と感じたことがある人は62.6%。しかも、追加購入を「よくする」人に限ると、後悔の経験は88.1%に跳ね上がる。たまにする人で65.0%、ほとんどしない人で44.9%。繰り返すほど、買わなくてもよかったものが積み上がっていく。
面白いのは、同じ会社の別の調査との対比だ。自分へのご褒美としてECで買い物をした人に、購入後の満足度を聞いた調査では、「やや後悔・後悔」と答えた人は1.0%だった。設問の形式が違うので単純には比べられないが、欲しくて買ったものはほとんど後悔されず、条件のために買ったものは六割が後悔される。分けているのは金額ではない。「なぜ買ったか」だ。
四人に三人が攻略し、三割は店を去る
では、人は送料の条件にどう向き合っているか。条件にちょうど合う商品を「探す」人が54.7%、条件の金額までまとめ買いする人が43.6%。どちらかをする人は四人に三人で、多くの人が条件を能動的に攻略している。一方で、送料無料の別サイトや別の店で買う、と答えた人が28.8%。諦めて送料を払う人は20.2%だった。店の側から見れば、送料の条件は、客に買い足させる仕掛けであると同時に、三割の客を他店へ逃がす引き金でもある。
自由記述には、失敗談が61%、工夫が33%並んだ。失敗は、結局使わなかった、量が多すぎて期限が切れた、他の店のほうが安かった。工夫は、どうせ使う消耗品で合わせる、家族の分を足す、欲しいものを前もってリストにしておく。成否を分けているのは、足すものが「どうせ使う消耗品」か「条件のために選んだ不要品」か、という一点だった。
店の側に立って読み替えると、示唆は三つある。条件に合う商品を「探す」人が半数を超えているのだから、カートの「あと○円」の横に、その金額にちょうど合う定番の消耗品を並べる設計は、離脱を防ぎ、満足度も下げない。次に、薦めるものを「条件達成のためだけの商品」ではなく「日常的に使う定番」に寄せるほど、六割の後悔は減り、次回の来店が守られる。最後に、三割が別サイトへ流れている以上、条件の金額そのものや、わずかに届かないときの送料の軽減も、設計の余地がある。送料無料ラインは売上の仕掛けであると同時に、客を選別する関所でもある。
カートの「あと○円」に、AIが入ってくる
この話を、私はAIの話として読んでいる。カートの「あと780円」の横に、ちょうどいい商品を薦めてくるのは、いまや人間の店員ではなくAIだ。そのAIが、条件を満たすためだけの不要品を薦めれば、目先の売上は立つが、六割の後悔と、三割の離脱を育てる。逆に、その人がどうせ使う消耗品を薦められれば、後悔は減り、客は戻ってくる。数字は、どちらが得かをはっきり示している。
そして買う側の私たちにできることも、単純だ。カートで指が止まったら、一度だけ問う。これは、どうせ使うものか、それとも780円を正当化するために選んだものか。後者なら、送料を払ったほうが、たいてい安くつく。送料を払わないために払う——その癖に名前がついただけで、次の「あと○円」は、少し違って見える。
アイキャッチ画像はAI生成です。
次の成長に向けて、いま整えるべきことを。
AI、EC、マーケティング、採用、数値管理。
構想だけで終わらせず、実行できる体制へ。
まずは課題を整理してみるところから、スポルアップが実務目線で伴走します。
