東京に出てきて最初の一か月、昼食のたびに小さく驚いていた。定食が、前の町より二百円ほど高い。コンビニのおにぎりは同じ値段なのに、店で食べると違う。その差がどこから来るのか、当時は考えもしなかった。家賃が高いから店が値段に乗せているのだろう、くらいに思っていた。いま振り返ると、半分は当たっていて、半分は見当違いだった。
「東京は食費が高い」という言い方は、家賃の話ほどは聞かない。だが家計の数字を見ると、食費にも確かに差がある。今日はその差が、台所で生まれているのか、外で生まれているのかを、数字で切り分けてみたい。
月に1万3千円、東京の食費は多い
総務省の家計調査をもとに東京都がまとめた令和6年の数字で、東京の世帯の食料費は月に98,685円。全国平均は85,040円だから、東京は1.16倍、差にして月およそ1万3千6百円だ。年にすれば16万円を超える。消費支出全体の倍率が1.14倍だから、食費は家計全体の差より、わずかに大きく開いている。
この1万3千円は、何でできているのか。食費の差を作る要素は、大きく二つに分けられる。ひとつは単価だ。同じ食パン、同じ牛乳、同じ豚肉が、東京ではいくらか高い。もうひとつは構成だ。何を、どこで食べているか。家で作って食べるのか、外で食べるのか、出来合いを買って帰るのか。単価の差は「物価」の話で、構成の差は「暮らし方」の話だ。この二つは、同じ食費の差に混ざって見える。
単価の差は、思ったより小さい
単価のほうから見る。総務省の消費者物価地域差指数で、東京都の総合は104.0。全国を100としたとき、東京の物価水準は4%高い。値札の差で語られる「物価」は、この水準の話だ。全国で同じ商品が並ぶ店の値段差は、数パーセントの世界にとどまる。ところが食費の差は16%ある。単価が4%しか違わないなら、残りの差は、単価以外のところから来ている。
東京都の資料は、令和6年の東京の食料費が名目で2.5%増えたのに、物価の上昇を差し引いた実質では1.6%減った、と書いている。その内訳を見ると、実質で増えた主な費目は外食と魚介類、実質で減った主な費目は果物、肉類、野菜・海藻などだった。家で料理する材料への支出が減り、外で食べる支出が増えている。東京の食費の中で動いているのは、台所の食材ではなく、外で食べる側だ。その構造が、都の資料から読み取れる。
差は「どこで食べるか」で生まれている
ここから、私の見方を書く。東京の食費が全国より16%多いのは、食材が16%高いからではない。外で食べる機会が多く、出来合いを買う頻度が高く、家で作る回数が少ないからだ。通勤が長く、共働きが多く、台所に立つ時間が削られる。独り暮らしの割合も高い。一人分を作るより、買って帰るほうが安いことさえある。東京の食費の高さは、物価の高さというより、時間の無さが食卓に出た姿だ。
冒頭のランチの二百円に戻ると、あの差の中身も見えてくる。食材の単価の差は、せいぜい数パーセント。残りは、店の家賃と人件費が皿に乗った分だ。家賃が高い町では、外で食べる一食に、その町の家賃が少しずつ入っている。東京で外食が高いのは、料理が高いのではなく、料理を出す場所が高い。そして東京の暮らしは、その高い場所で食べる回数が多い。食費の差は、台所ではなく、外で生まれている。
この構成の差は、暮らしの形そのものから来ている。東京では独り暮らしの世帯が多く、共働きが多く、通勤に長い時間を取られる。一人分を作るより買ったほうが安い場面があり、帰宅が遅ければ台所に立つ体力が残らない。食費の16%の差は、台所の外で生まれているだけでなく、台所に立てない暮らしの形から生まれている。逆に言えば、この差は選び直せる。週に二日、外食を家の食事に置き換えれば、単価の4%は動かせなくても、構成の12%は確実に動く。物価は個人の手の届かないところで決まるが、構成は、自分の一週間の中で決められる。
外食を減らせと言いたいのではない。時間のない暮らしの中で外食が合理的な選択であることは、東京で働く人なら誰でも知っている。ただ、食費の差を「物価のせい」と片づけると、自分で動かせる12%まで、動かせないものとして諦めることになる。差の中身を分けて知ることは、諦める場所と、選び直せる場所を分けることでもある。
「物価」と「暮らし方」を分けて読む
この切り分けは、数字を読むときの姿勢として応用が利く。ある地域のある費目が高いとき、それは単価が高いのか、構成が違うのか。前者なら物価の話で、個人にはどうにもならない。後者なら暮らし方の話で、選び直す余地がある。東京の食費なら、単価の4%は受け入れるしかないが、構成の12%は、週に一度、外食を家の食事に置き換えるだけで動く。
AIに「東京の食費はなぜ高いか」と聞けば、物価と家賃の話が返ってくるだろう。それは単価の側の答えだ。構成の側——どこで、誰が、どれだけの時間をかけて食べているか——は、家計の数字を費目の内側まで割って、初めて見えてくる。どこまで割るかを決めるのは、聞く側の仕事だ。食費の差の大半は、台所の外にある。その一点を知っているだけで、東京の食卓の数字は、少し違って読める。
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