役所のAIルールは、会社の雛形になる

自治体の仕事を請けたことがある会社なら、分かると思う。役所の規程は、細かい。誰が、何を、どの順番で、どこに記録するかが、ことごとく書いてある。以前、ある自治体向けの案件で、その規程類を端から読まされたことがある。読みながら、面倒だと思った。だが同時に、妙な感心もした。民間の社内規程が「理念」で書かれているところを、役所は「手順」で書いている。守れるかどうかが、読めば分かる。

生成AIのルールづくりでも、同じことが起きている。多くの会社が社内の利用ルールを作ろうとして、何をどこまで書けばいいか分からず、理念だけの一枚で止まっている。そんなとき、私は自治体のガイドラインを読むことを勧めている。役所のAIルールは、会社の雛形になる。

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東京都と神戸市——二つの「型」

東京都は、令和8年3月30日に「AI導入・活用ガイドライン」を策定した。都庁の各部門が、生成AIを含むAIを導入・活用するための実践的な指針で、これとは別に、職員一人ひとりが業務の中で生成AIを安全に使うための「生成AI利用の手引き」も用意されている。組織としての導入の指針と、個人としての使い方の手引きが、二層に分かれている。

神戸市は、AIに関する条例と、生成AIの利用ガイドラインを土台に、安全性を確保しながら利活用を進めている。令和8年4月からは、庁内で使う新しいAIの基盤の運用も始めた。条例という上位のルールがあり、その下にガイドラインがあり、さらにその下に、実際に職員が触る共通の基盤がある。三層の構造だ。

東京都の二層と、神戸市の三層。どちらが優れているかという話ではない。注目したいのは、どちらも「ルール」と「道具」を分けて設計していることだ。ルールだけ作って、道具は各自の判断に任せる、という作りになっていない。使っていい道具を組織が用意し、その道具をどう使うかをルールが決める。民間の社内規程に、いちばん欠けているのがここだ。

自治体のルールが具体的な理由

なぜ自治体のガイドラインは、民間のものより具体的なのか。理由は単純で、扱う情報の性質が最初から決まっているからだ。役所が持っている情報は、住民の個人情報が大前提だ。だから「何を入力してよいか」を曖昧にはできない。個人情報を含む情報、含まない情報、公開済みの情報、と区分を切り、区分ごとに入力の可否を決める。記録の残し方も、説明責任の果たし方も、住民から「なぜAIに私の情報を」と問われる前提で書かれている。

民間の会社にも、同じ前提はある。顧客の情報、取引先の情報、社員の情報。だが、それを前提に書かれた社内規程は少ない。多くは「機密情報を入力しないこと」の一行で済ませている。何が機密かは、読む人の判断に委ねられる。役所のガイドラインは、その判断を読む人に委ねない。区分を作り、区分ごとに線を引く。この「委ねない」作りが、民間が借りるべき最大の点だ。

民間が借りてよい四つの骨

自治体のガイドラインから、会社の規程に移植できる骨を四つ挙げる。ひとつは、情報の区分だ。入力してよい情報と、してはいけない情報を、読めば分かる区分で書く。ふたつは、道具の指定だ。使ってよいサービスを組織が決めて用意し、それ以外を使うなら申請する。三つは、記録だ。どの業務でAIを使ったかを残す習慣を、手順として書く。四つは、説明だ。AIを使って作ったものを外に出すとき、相手にどう伝えるか。役所は住民への説明責任として書いているが、会社なら顧客や取引先への説明として、そのまま置き換わる。

この四つは、どれも理念ではなく手順だ。私はAIを会社に入れることに賛成で、だからこそ、入れたあとに現場が迷わない規程が要ると思っている。迷わない規程とは、読んだ人が「自分の場合はこうすればいい」と判断できる規程だ。役所の文書は、そこが異様に上手い。長年、前例と手順で組織を動かしてきた人たちの技術が、AIのルールにも染み出している。

読む順番にも、こつがある。東京都の二層で言えば、会社が先に読むべきは、組織向けの導入指針ではなく、職員向けの「手引き」のほうだ。手引きは、一人の職員が日々の業務で迷う場面を想定して書かれていて、そのまま会社の現場の一人に置き換えられる。組織向けの指針は、その後で、自社の体制に合わせて薄めればいい。

雛形は借りて、線は自分で引く

もちろん、そのまま写せばいいわけではない。役所の情報区分は住民情報が中心で、会社の区分は顧客と取引先と社員になる。役所の道具は庁内基盤で、会社の道具は契約したサービスになる。借りるのは骨格で、線をどこに引くかは、自社の情報と業務を見て決める。だが、骨格があるのとないのとでは、線を引く作業の速さがまるで違う。

あのとき端から読まされた役所の規程を、私はいま、別の目で見ている。面倒な文書ではなく、守れる文書を書くための教科書だ。社内のAIルールを一枚の理念で止めている会社は、東京都と神戸市の文書を、一度開いてみるといい。自分の会社に足りないものが、手順の形で、そこに書いてある。

アイキャッチ画像はAI生成です。

次の成長に向けて、いま整えるべきことを。

AI、EC、マーケティング、採用、数値管理。
構想だけで終わらせず、実行できる体制へ。

まずは課題を整理してみるところから、スポルアップが実務目線で伴走します。

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この記事を書いた人

法務・財務・内部統制・情報セキュリティの実務を経て、AI時代の企業支援へ。バックオフィスの現場で見てきたことを、そのまま書いています。

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