管理会計がわからないと、AIは使えない

以前、全国にチェーン店を展開する会社に在籍していたことがある。私の仕事のひとつに、店舗のスクラップ&ビルド判断の材料を作る、というものがあった。どの店を閉め、どこに新しく出すか。感覚や思い入れでは決められない。数字で判断する。

使っていたのは、3つの軸による分析だ。売上高で規模を見る。前年比で成長性を見る。利益で効率を見る。この3軸を掛け合わせると、「規模は大きいが成長が止まっている店」「小さいが伸びている店」「利益率だけが突出している店」——各店舗の性格が一枚の図で浮かび上がる。バブルチャートだ。横軸に売上、縦軸に前年比、バブルの大きさで利益を表す。管理会計の教科書に出てきそうなきれいな話だが、ひとつだけ問題があった。Excelでバブルチャートを作るのが、恐ろしく面倒だった。データの並び順、軸の設定、バブルサイズの指定——何度やっても一発では決まらない。毎月の更新のたびに小一時間を費やした。あの作業だけは今でも思い出したくない。

後年、別の会社でリストラ局面を迎えたとき、この3軸分析を店舗ではなく事業と商品ラインに適用した。ベテラン社員が何年もかけて育ててきた商品、思い入れの詰まったブランド。それを同じフレームワークに載せると、数字は容赦なく序列をつける。「残す」「縮小」「撤退」。判断は明快だったが、気持ちのいい仕事ではなかった。人員整理ほどの重さではなかったが、苦い記憶として残っている。

管理会計とは、こういう仕事だ。自分たちの判断に必要な数字を設計し、集め、読む。そしてその力がある人がAIを持ったとき、何が起きるか。逆に、この力がない人がAIに「数字を分析して」と頼んだとき、何が起きるか。その話をする。

目次

財務会計と管理会計は、見ている方向が逆だ

乱暴に言い切る。財務会計は「外に見せるための数字」で、管理会計は「自分たちが判断するための数字」だ。財務会計には法律で決められたルールがある。作り方も見せ方も決まっている。だから他社と比較ができるし、監査も成り立つ。株主や銀行や税務署に向けた報告書の言葉だ。

管理会計にはルールがない。正確に言えば、法律が定めるフォーマットが存在しない。自分たちの経営判断に必要な数字を、自分たちの好きな切り口で整理する。どの単位で見るか、どの期間で区切るか、何と何を比較するか——全部自分たちで決める。だから会社ごとに管理会計の中身は異なる。正解がない代わりに、「自社にとって意味のある数字は何か」を考え抜く力が、そのまま経営の質に直結する。

以前このコラムで「数字は嘘をつかないが、数字を出す人間は嘘をつく」と書いた。あれは管理会計の話だ。どの数字を選び、どう切り、どう並べるかに意図が入る。意図が入るからこそ、使いこなせば最強の道具になる。理解しないまま触ると、何も見えない。

AIに「いい感じのレポート」を頼む人

AIが業務に入り始めてから、「数字の分析をAIにやらせたい」という話をよく耳にするようになった。ChatGPTにCSVを放り込んで「傾向を分析して」と頼む。もう少し進んだところでは、BIツールとAIを連携させて月次レポートを自動生成する。技術的には、どちらも可能だ。

でもここで問題が起きる。AIに「分析して」と頼む本人が、何を分析してほしいのかを言語化できない。「売上の推移を見せて」はできる。「前年比で出して」もできる。でもそこから先——「この数字がこう動いた原因は何か」「この先どうなりそうか」「だから何をすべきか」——に進もうとした瞬間、壁にぶつかる。何の数字を、どういう切り口で、何と比較すれば判断材料になるのか。それを知っているのは管理会計を理解している人間だけで、AIではない。

AIは聞かれたことには答える。だが「何を聞くべきか」は教えてくれない。管理会計の素養がない人がAIに数字を頼むと、見栄えのいいグラフと、当たり障りのないコメントが返ってくる。それを見て「分析できた」と満足する。これが一番怖い。わかった気になるが、判断の材料にはなっていない。見た目が整っている分、むしろ疑いにくい。以前書いた「AIが指摘しなかった=問題ない」と同じ落とし穴が、ここにもある。

「何の数字を見るか」は、人間にしか決められない

管理会計の本質は、数字を集計することではない。「何の数字を見るか」を設計することだ。この事業は限界利益率で追うべきか、固定費回収率で見るべきか。月次で足りるのか、週次が要るのか。部門で切るか、プロジェクトで切るか、顧客単位か。

この設計は、事業の中身を知っていなければできない。業界の商慣行、取引先との力関係、人件費の構造、季節変動——そうした「数字の外にある文脈」を理解している人間が、自分の頭で考えてやるしかない。ここはAIの手が届かない。少なくとも今の技術では。

CFOをやっていた頃、管理会計の設計に一番時間を使った。どの数字を経営会議に出すか。どの切り口なら経営者が判断しやすいか。同じ利益でも、見せ方を変えれば意思決定が変わる。それは「見せたい数字を選ぶ」という政治の話ではない。「この経営判断に本当に必要な情報は何か」を突き詰める設計の仕事だ。地味だが、ここを間違えると会議が空転する。

逆に言えば、この設計さえ人間がやれば、その先はAIの独壇場だ。定義した指標を自動で集計し、異常値を検知し、推移を可視化する。冒頭で書いたバブルチャートなど、AIに「売上・前年比・利益の3軸でバブルチャートを作って」と一言頼めば、数秒で出てくる。あの毎月の小一時間は何だったのか。当時これがあったら——と想像すると、正直、今の管理部門が少しうらやましい。

AIは知識の格差を埋めない。拡大する

管理会計を理解している人がAIを使うと何が起きるか。「この指標を出して」「これとこれを並べて」「過去3年分で傾向を見せて」と、指示が具体的になる。AIは具体的な問いに対しては恐ろしく速くて正確だ。曖昧な問いには曖昧に返すが、具体的な問いには具体的に返す。問いの質が、答えの質を決める。

管理会計がわかる人はAIで判断を加速し、わからない人はAIに頼んでも「何を聞いていいかわからない」ままだ。AIは両者の差を埋めるのではなく、広げる。管理会計に限った話ではない。専門知識を持つ人ほどAIを使いこなし、持たない人はAIの出力を評価できない。残酷だが、これが現実だ。

管理会計を学べと言いたいのか——正直に言えば、そうだ。でもそれ以上に伝えたいのは、AIが仕事を変えるとか効率化するとかいう議論の手前に、もっと基本的な話があるということだ。道具は使い手の理解を超えない。包丁は料理の腕を上げない。AIは管理会計の知識がない人を、ある人にはしてくれない。

逆もまた真だ。基礎がある人にとって、AIは最高の相棒になる。これまで「時間がかかるから後回し」にしていた分析が、思いついた瞬間にできる。判断の速度が上がり、精度も上がる。AIを使いこなしたいなら、プロンプトの書き方を覚える前に、自分の仕事の数字を理解することだ。一番地味で、一番退屈で、一番確実に効く。

次の成長に向けて、いま整えるべきことを。

AI、EC、マーケティング、採用、数値管理。
構想だけで終わらせず、実行できる体制へ。

まずは課題を整理してみるところから、スポルアップが実務目線で伴走します。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

株式会社スポルアップ CFO
AI・経営・数字まわりのことを、思ったことをそのまま書いています。

目次