上場準備をしていた頃、株主総会の裏方をやったことがある。仕事のひとつが、想定問答集づくりだった。株主から出そうな質問を、法務と役員で洗いざらい書き出し、それぞれに答えを用意する。配当のこと、役員報酬のこと、不祥事があればその経緯。数百問におよぶ分厚い束を、徹夜で仕上げた記憶がある。そして迎えた当日、実際にいちばん場を緊張させたのは、その束のどこにも載っていない一問だった。想定問答とは何のために作るのか。あの日、少しだけ分かった気がした。
いま、その想定問答集を、AIが作る時代になった。過去の自社総会の記録や、他社の事例を読み込ませれば、想定される質問と模範解答が、瞬く間に何百問と出てくる。徹夜は要らない。では聞きたい。株主総会のAI想定問答は、どこまで許されるのか。今日はその線引きの話をする。
作るところまでは、むしろ得意分野だ
先に、AIが向いている部分を認めておく。想定問答の作成は、AIの得意技だ。過去の質問を網羅し、抜けを埋め、平易な言葉に直す。人間が見落としがちな角度の質問も、機械は淡々と拾ってくる。想定の網を広く張るという一点では、人間の徹夜より優秀なことすらある。ここまでなら、使わない手はない。問題は、その先だ。想定問答は「作って終わり」ではない。当日、壇上でどう使うかで、意味がまるで変わる。
総会には、三つの線がある
株主総会での受け答えには、実は三本の線が引かれている。ひとつめは、答えなければならないことの線だ。会社法は、取締役に説明義務を課している。株主が議題について具体的な説明を求めたら、取締役はそれに必要な説明をしなければならない。これを正当な理由なく拒めば、決議の進め方が不公正だとして、後から決議そのものを取り消される火種になる。
ふたつめは、答えなくてよいことの線だ。同じ法律が、例外も定めている。質問が議題と関係ないとき、答えると株主全体の共通の利益を著しく損なうとき、その場で調べなければ答えられないとき。こうした場合には、説明を控えてよい。ただし、この線を引く判断は、純粋に法的なものだ。「これは議題と関係あるか」「答えると誰かの利益を害するか」を、その場で見極めなければならない。
そして三つめが、答えてはいけないことの線だ。まだ公表していない重要な情報——たとえば固まっていない買収案件や、未発表の業績——を、総会の場でうっかり口にすれば、その瞬間に公になる。特定の株主だけが有利になる不公平が生まれ、インサイダー取引の温床にもなる。答える義務があるどころか、答えてはならない領域が、はっきりと存在する。
AIは、この三本の線を引かない
ここが、今日いちばん言いたいところだ。AIは、想定問答を作ることはできても、この三本の線を引いてはくれない。試しに、社内の資料を読み込ませて「この質問に、株主へ説明するように答えて」と頼んでみるといい。AIは実に流暢に、答えを書いてくる。だがその答えの中に、答えなくてよかったことや、答えてはいけなかったことが、平然と混ざる。未公表の数字を、いかにも説明すべき情報のような顔で、文章に織り込んでくる。悪気はない。頼まれたから、それらしく答えただけだ。線を引くという発想が、そもそも無い。
線引きは、法律の判断であり、経営の判断だ。この質問には説明義務が及ぶのか。この情報は、まだ出してはいけないのか。ここを誤ると、一方では決議取消の訴え——総会から三か月以内に起こせる——を招き、他方ではインサイダーの問題を引き起こす。どちらも、会社の土台を揺るがす。AIが下書きした答えを、線を引かないまま読み上げれば、その責任を負うのは、壇上のAIではない。壇上にいる、人間の役員だ。
もうひとつ、忘れてはいけないことがある。株主総会は、生ものだ。想定問答は、あくまで過去から積み上げた「想定」でしかない。私が経験した通り、場を動かすのは、たいてい台本の外から飛んでくる一問だ。想定外の質問に、その場で、三本の線を意識しながら答える。この芸当だけは、事前に用意した束では代われない。AIが何百問を用意しても、当日その会場に、AIは座っていない。
逆の危うさもある。台本を作り込むほど、総会は「仕込み」に近づく。かつて、会社が用意した筋書きに沿って株主に質問させ、答えさせた総会が、不適切だと裁判で争われた例がある。決議の取消までは認められなかったが、裁判所は一部を問題視した。AIを使えば、こうした筋書きは、これまで以上に精巧に組める。だが株主総会は、台本を完璧にすることがゴールではない。想定できなかった声にどう向き合うかにこそ、その会社の姿勢が出る。そこまでは、AIの想定問答も肩代わりしてくれない。
問答は準備できる。だが「どこまで」は準備できない
私は、株主総会の想定問答をAIに作らせることに、反対しない。むしろ勧める。網を広く張る下ごしらえは、機械に任せればいい。私自身、資料を読ませて質問を洗い出す作業なら、迷わずAIを使う。肯定している。ただ、出てきた答えを、そのまま束にしてはいけない。一問ずつ、三本の線に照らして人間が引き直す。この質問には答える。これは控える。これは口にしない。その仕分けを経て、はじめて想定問答は使える束になる。
問われているのは、結局こういうことだ。AIが答えを書けるかどうかではない。どこまで答えるかを、決められるかどうか。そして「どこまで」は、法と、その場の判断でしか引けない。問答そのものは、いくらでも準備できる。だが「どこまで」だけは、当日、人間が持って壇上に立つしかない。次に総会の想定問答を機械に作らせるとき、束を閉じる前に、いちど確かめてほしい。この答えは、答えていい質問への、答えていい答えか、と。
アイキャッチ画像はAI生成です。
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