社内のAI規程は、五条あれば足りる

以前在籍していた会社で、上場準備の一環として社内規程を片っ端から作り直したことがある。内部統制の整備だ。そのときに学んだのは、規程は長いほど守られない、という単純な事実だった。三十ページの規程は誰も読まない。読まれない規程は、存在しないのと同じだ。逆に、一枚に収まる規程は、現場の机に貼られ、実際に参照される。規程の価値は、網羅性ではなく、読まれるかどうかで決まる。

いま、多くの会社が生成AIの社内規程を作ろうとして、分厚くなりすぎて止まっている。法務の雛形を取り寄せ、ガイドラインを引き写し、気がつくと二十ページになり、誰も読まなくなる。今日は逆の方向から考えたい。社内のAI規程は、最低限、何条あれば足りるのか。私の答えは五条だ。

目次

第一条は、何のために使うか

最初に置くのは、目的だ。この会社は、業務を速く、正確にするために生成AIを使う。使うことを前提にする、という宣言だ。この一条があるかないかで、規程の読まれ方が変わる。目的のない規程は、禁止事項の羅列に見える。目的のある規程は、使うための条件に見える。現場は、禁止の文書は避けて読むが、条件の文書は使うために読む。

第二条は、どの道具を使うか

次に、使ってよいサービスを決める。会社が契約し、入力内容を学習に使わない条件を確認したものを、名前で挙げる。それ以外を使いたいときは、申請して追加する。この条は、禁止リストではなく、許可リストで書く。禁止リストは、新しいサービスが出るたびに穴が空く。許可リストは、載っていないものは使えない、で済む。個人の無料アカウントで業務の情報を扱わないこと、も、この条に一文で含める。

第三条は、何を入れてよいか

三つ目が、いちばん実務に効く。入力してよい情報の区分だ。公開済みの情報は自由に使える。社内限りの情報は、第二条のサービスに限って使える。個人情報と、取引先から秘密として預かっている情報は、識別できない形に加工してからでなければ入れない。この三段階を、現場の人が自分の手元の情報をどれに当てはめればいいか分かる言葉で書く。「機密情報を入力しないこと」の一文で済ませるのは、判断を現場に丸投げしているだけで、条文の体をなしていない。

第四条は、記録と確認

四つ目は、使ったあとの話だ。業務で生成AIを使ったら、どの案件で使ったかを残す。そして、AIの出力をそのまま社外に出さず、人間が内容を確認してから使う。責任は、出力を使った人間にある、と明記する。この一文は、AIを責めるための条文ではなく、使う人を守るための条文だ。「AIがそう言ったので」が通らない、と最初に決めておけば、出力を確かめる習慣が、規程の力で根づく。

第五条は、外に出すときの作法

最後は、AIで作ったものを社外に出すときの扱いだ。顧客向けの文書、公開する画像、提案書。AIが関わったものを出すとき、相手に伝える必要があるか、どう伝えるか。業種や相手によって答えは変わるので、規程では「判断の手順」だけを書く。誰に相談し、誰が決めるか。それだけでいい。

この五条で、一枚に収まる。私はAIを会社に入れることに賛成で、だからこそ、入れた現場が迷わない薄さにこだわりたい。上場準備で規程を作り直したとき、私が最後に学んだのは、規程に書くべきは「やってはいけないこと」の一覧ではなく、「迷ったときにどうするか」だということだった。五条は、どれも迷ったときの道標として書いてある。

一枚にした規程は、使い方も変わる。机に貼れる。新人の初日に、十分で説明できる。現場から「この場合は?」と聞かれたとき、五条のどれに当たるかを一緒に読める。二十ページの規程では、どれも起きない。規程は、棚に収めるためではなく、迷った瞬間に開くためにある。開かれる頻度が、規程の実効性そのものだ。上場準備で規程を作り直したとき、最後まで現場で生き残ったのは、一枚に収まったものだけだった。

五条は、出発点であって到達点ではない。自社の業務で、五条のどれにも当てはまらない判断が出てきたら、それは六条目の候補だ。ただし、足すときは必ず一枚に収まるかを確かめる。収まらないなら、既存の条文のどれかと統合できないかを先に考える。規程は、足すより削るほうが難しい。難しいほうを先にやる習慣が、規程を生かし続ける。

書かないことを、決めておく

五条に収めるには、書かないことを決める必要がある。技術の説明は書かない。AIの仕組みや用語の解説は規程の仕事ではない。罰則は書かない。既存の就業規則と情報管理規程に委ねる。将来の予測は書かない。規程は現在の運用を決める文書で、技術の進化を予言する文書ではない。この三つを削るだけで、二十ページの案は、数ページに縮む。

そして、五条の規程には、半年ごとに見直す、と一行添える。道具も、使い方も、法律も変わる。一枚の規程を半年ごとに書き換えるほうが、二十ページの規程を三年放置するより、はるかに安全だ。薄く作り、頻繁に直す。AIの規程に限らず、現場で生きる規程は、たいていそういう姿をしている。

アイキャッチ画像はAI生成です。

次の成長に向けて、いま整えるべきことを。

AI、EC、マーケティング、採用、数値管理。
構想だけで終わらせず、実行できる体制へ。

まずは課題を整理してみるところから、スポルアップが実務目線で伴走します。

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この記事を書いた人

法務・財務・内部統制・情報セキュリティの実務を経て、AI時代の企業支援へ。バックオフィスの現場で見てきたことを、そのまま書いています。

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