※本記事の内容は、公開時点で確認できた報道・公開情報に基づいています。本文中の記載、リンク先の内容やURLは、掲載後に変更・削除される場合があります。
AIの進歩は、桁外れの計算機と、海のように集めたデータが生む。そう思っている人は多いし、私もどこかでそう思っていた。だが、今週のAIニュースを並べていて、その実感が少し揺らいだ。この革命をいちばん深いところで動かしているのは、驚くほど少数の、名前のある個人たちの頭の中だ。そして今週、そのうちの二人が、籍を置く会社を変えた。それも、長くAIの先頭を走ってきたグーグルから、出ていく側で。
三日のあいだに、二人が抜けた
一人は、ノーム・シェイザー。いまのAIの土台になっている「トランスフォーマー」という仕組みを、2017年の論文で世に出した一人だ。グーグルでは対話AI「ジェミニ」の開発を率いていた。その彼が、6月18日、グーグルを離れてオープンAIへ移ると表明した。次の世代のAIの設計そのものを探る役割だという。
ここで効いてくるのが、過去の経緯だ。シェイザーは一度グーグルを離れて自分の会社を起こし、グーグルは2024年、彼とそのチームを連れ戻すために、報じられるところでは約27億ドルを投じている。日本円にすれば四千億円ほどになる。一人の研究者とその仲間を引き留めるために、である。それだけの金で囲い込んだはずの頭脳が、二年と経たずに、また出ていった。
もう一人は、もっと象徴的だ。ジョン・ジャンパー。タンパク質の立体構造をAIで解き明かす「アルファフォールド」で、2024年のノーベル化学賞を受けた人物である。そのジャンパーが、6月19日、約九年在籍したグーグルを去り、競合のアンソロピックへ移ると自ら明かした。シェイザーの、翌日だ。グーグルは、わずか三日のあいだに、AIの中核を担う二人を、それぞれ別のライバルに引き抜かれたことになる。
市場は正直で、報せを受けてグーグルの親会社アルファベットの株価は下げた。ここから透けて見えるのは、AIの覇権争いの、思いのほか生々しい正体だ。最後にものを言うのは、最大の計算機でも、いちばん多くのデータでもない。何を作るかを決められる、ごく少数の頭脳だ。そしてその頭脳は、四千億円でも縛りきれないほど、自由に動く。私たちが「グーグルのAI」「オープンAIのAI」と呼んでいるものの中身は、煎じ詰めれば、いま誰がどこの椅子に座っているか、という一点に懸かっている。それは、世界一の巨大企業にとっても、ずいぶん心もとない足場だ。
今週は、ほかにもいろいろ動いた
人の移動以外にも、大きなニュースが続いた。足早に並べておく。
- イーロン・マスクの宇宙企業スペースXが、開発者がAIの助けを借りてプログラムを書くツール「カーソル」の運営会社を、約600億ドルの全株式交換で買収すると発表した。ベンチャー企業の買収額として史上最大とされる。スペースXは今年、マスクのAI企業xAIと統合しており、出遅れていたAI開発を一気に押し上げる狙いだ。
- 対話AIの利用シェアで、ChatGPTが初めて五割を割り込んだ(約46%)。グーグルのジェミニが約28%、アンソロピックのクロードが約10%と続く。一強の時代が、静かにほどけはじめている。
- そのアンソロピックは、年換算の売上が300億ドル規模に届いたと公表した。一年あまりで桁が二つ増えた計算になる。
- メタ(旧フェイスブック)は、この春から進めるAI優先の組織再編で、全社員の約一割にあたる八千人規模を削減し、別途およそ七千人をAI関連の新チームへ振り向けると伝えられた。AIを作るための会社が、人を削ってAIに張り替えている。
- このほか、グーグルは文脈を200万トークンまで読む「ジェミニ3.5プロ」を企業向けに先行公開し、米政府はAI推進と安全保障を掲げる大統領令を出すなど、モデルも規制も足を止めない一週間だった。
日本は、正面の殴り合いを避ける
では、この「頭脳と資金の奪い合い」を、日本はどう見ているのか。今週の海外の喧噪の裏側で、日本は別の戦い方を選ぼうとしている。
政府は、デジタル庁が主導する行政向けのAI基盤「源内(げんない)」で、国産の大規模言語モデルを使う方針を進めている。この春には、NTTデータ、NEC、富士通、ソフトバンク、PFNなど七社のモデルが試用の対象に選ばれ、全府省庁のおよそ十八万人規模で試す計画が立った。さらに五月には、評価をいっそう厳しくしたうえで、いずれ有償で正式に調達する方針も報じられた。ただし、2026年度はまず無償で試す段階で、優れたモデルを有償の政府調達へ進めるのは2027年度からの計画だ。それでも、国が海外の最強モデルではなく、自国のモデルを正式に使う側へ、はっきりと足を踏み出しはじめているのは間違いない。
民間でも、四月に、ソフトバンク・NEC・ホンダ・ソニーを中核に、三メガバンクなども加わった計八社が、共同で「日本AI基盤モデル開発」という会社を立ち上げた。政府はこの分野に、2026年度から五年間で一兆円規模の支援枠を用意しており、新会社もその国の後押しを当て込んで開発を進める。狙いは、ChatGPTのような対話AIではない。ロボットや機械を実際に動かす「フィジカルAI」を、日本の産業データで、国内に置いたまま育てる——そういう構想だ。学習に使うデータも、出来上がった頭脳も、日本の外には出さない。
これは、賢い構えだと思う。四千億円で一人の研究者を奪い合う土俵に、日本が同じ金額で乗っても、勝ち目は薄い。だから日本は、正面の殴り合いを避けて、自分の得意な場所——ものづくりの現場や、外へ出せないデータ——に陣を敷こうとしている。世界一賢いモデルを持つことより、自分たちのモデルを自分たちの手元に置いておくこと。便利なものを丸ごと他人に預けてしまう心もとなさへの、これは日本なりの、地に足のついた答えの出し方だ。
頂上は、思ったより軽い
今週のニュースをひと続きに眺めて見えてくるのは、AIという山の、意外な軽さだ。その頂上を支えているのは、巨大な設備のようでいて、その実、数えるほどの頭脳と、それを奪い合う桁外れの金である。だからこそ、頂上は思ったよりずっと速く入れ替わる。先週の最強が、今週には所属ごと変わっている。そんな不安定な山の上に、私たちは仕事も暮らしも、少しずつ乗せはじめている。日本が選んだ「自分の手元に置く」という地味な戦い方が、それでも妙に正しく見えてくる。頂上が思ったより軽いと知ったあとでは、なおさらだ。
参考資料・出典
Google Gemini co-lead Noam Shazeer leaves for OpenAI
Nobel laureate John Jumper is leaving DeepMind for rival Anthropic | TechCrunch
SpaceX to acquire Cursor for $60B in stock, days after blockbuster IPO | TechCrunch
ChatGPT’s market share slips below 50% for first time | TechCrunch
Anthropic says it hit a $30 billion revenue run rate after ‘crazy’ 80x growth | VentureBeat | VentureBeat
デジタル庁、政府AI基盤「源内」で国産LLMを試用へ 7モデルを選定、全府省庁39機関・約18万人規模で実証 | Ledge.ai
デジタル庁、AI「源内」向け国産LLM再公募 有償の政府調達へ 評価テストは50問→300問に – ITmedia AI+
ソフトバンクが国産AIの新会社設立、NECやホンダなど8社出資
次の成長に向けて、いま整えるべきことを。
AI、EC、マーケティング、採用、数値管理。
構想だけで終わらせず、実行できる体制へ。
まずは課題を整理してみるところから、スポルアップが実務目線で伴走します。
