以前、市場調査の仕事をしていた頃、「都道府県別で出してほしい」という依頼をよく受けた。全国の平均値では物足りない。47に分けて、どこが高くてどこが低いのかを、地図で色分けして見たい。気持ちはよくわかる。日本地図が赤や青に塗り分けられていると、それだけで“わかった気”になる。
いまなら、その地図は数秒で手に入る。AIに「都道府県別のEC利用率を出して、地図にして」と頼めばいい。東京や神奈川が濃く、地方が薄い、それらしい一枚が返ってくる。便利になったものだ。だが、その地図の数字は、どこから来たのか。今日はその話をする。
そのランキング、元データはあるのか
試しに、日本のEC利用を都道府県別に調べてみた。まず当たるのは公的統計だ。総務省統計局の家計消費状況調査は、ネットショッピングをした世帯の割合を毎年公表している。全国の数字は、はっきりしている。2025年の平均で56.9%。前年が55.3%だから、一年で1.6ポイント伸びた。さかのぼると2015年は27.6%だった。十年で倍だ。ネット通販は、もう特別な買い方ではない。
では、これを都道府県別に割るとどうなるか。ここで手が止まる。この調査は、地理的には全国と、10前後の地方ブロック、都市の規模別までしか公表していない。47都道府県に割った数字は、存在しない。もうひとつの家計調査には都道府県庁所在市別のデータがあるが、ネット関連の項目は「インターネット接続料」しかない。回線の料金であって、ネットで何をいくら買ったかではない。だから、日本のEC利用を47都道府県で示した公式データは、どこにもない。理由は単純だ。都道府県まで細かく割ると、一県あたりの回答者が少なくなりすぎて、数字が当てにならなくなる。国の統計が地方ブロックで止めているのは、いい加減だからではない。むしろ誠実だからだ。無理に47に割って、当てにならない数字をきれいに並べるより、割れないところは割らない。統計の作法とは、本来そういうものだ。
AIは、無い数字をそれらしく埋める
ここが肝心なところだ。元データが無いのに、AIに「都道府県別で出して」と頼めば、AIは涼しい顔で47県の数字を並べてくる。東京は7割、地方は5割台、地域差はおよそ20ポイント——といった、いかにも“ありそう”な一枚を。だがその数字は、公式統計から引いたものではない。無い粒度を、それらしく埋めたものだ。小さなサンプルからの推測か、地方ブロックからの按分か、あるいは学習データの記憶をなぞっただけか。
厄介なのは、その地図がきれいなことだ。勾配がなめらかで、大都市が濃く、それらしい出典まで添えられていることもある。ぱっと見では、本物と区別がつかない。私はAIを肯定している。使わない日はない。だが、肯定することと、出てきた数字を信じることは別だ。とくに、元データが在るかどうかを確かめずに“それらしい地図”を受け取るのは、一番危ない。見た目が整っているほど、疑いにくくなるからだ。見分ける手はある。本物のデータなら、誰が何度引いても同じ値になる。ところがこの種の“それらしい数字”は、依頼のたびに少しずつ変わることがある。どこかから引かれたのではなく、その場で作られているからだ。同じ問いに同じ答えが返らないなら、それは記録ではなく創作を疑ったほうがいい。
では、都道府県で正直に言えることは何か
無いものは無い、で終わらせない。47都道府県で、公式に、正確に取れる数字もある。たとえば高齢化率——65歳以上の人口割合だ。総務省の人口推計は、47都道府県すべての値を毎年出している。2024年時点で全国は29.3%。最も高いのは秋田県の39.5%、最も低いのは東京都の22.7%。36の道県で、住民の3割以上が65歳以上だ。
なぜEC利用率が無い話で高齢化率を持ち出すのか。ネット通販を使うかどうかは、住んでいる場所そのものより、年齢に強く左右されるからだ。全国のネット利用が56.9%まで来て、なお使っていない4割は誰か。その多くは高齢の層だ。「地方はECが弱い」とよく言われる。だが、それは地方であること自体ではなく、地方ほど高齢化が進んでいることの反映ではないか。地域の地図に見えていたものが、実は年齢の地図だった——これは、確かめる価値のある仮説だ。色の濃淡を眺めて「地方は弱い」と片づけるのは、順番が逆だ。データを取り、年齢の影響を分けて初めて、地域そのものの差が見えてくる。同じ60代でも、都市に住むか地方に住むかでネットの使い方は違うはずだ。その違いこそ、地域の地図が本来映すべきものだ。年齢という強い要因を差し引かないまま県を並べても、見えているのは高齢化の順位であって、地域性ではない。
都道府県という物差しを、これからも使う
都道府県という単位は、日本を見るのにいい物差しだ。気候も、年齢も、暮らし方も、県で驚くほど違う。だからこれからも、私たちはこの単位で日本を見ていく。ただし、地図の色をきれいに塗ることから始めるのではない。その数字がどこから来たのかを、確かめることから始める。公式に無い数字は、無いと認める。その上で、必要なら自分たちの手で測る。地味だが、そこにしか本物の地図はない。
AIは、頼めば一瞬で都道府県別の地図を描く。美しい一枚が出てくる。だが、地図の美しさは、正しさの証明ではない。無いはずのデータが、あまりに滑らかに出てきたら——まず、疑う。そこからしか、本物の地図は描けない。次に日本地図を色分けで見せられたとき、いちど立ち止まってほしい。その色は、どこから来たのか、と。
次の成長に向けて、いま整えるべきことを。
AI、EC、マーケティング、採用、数値管理。
構想だけで終わらせず、実行できる体制へ。
まずは課題を整理してみるところから、スポルアップが実務目線で伴走します。
