退職代行というサービスが、すっかり市民権を得ている。
数年前にはじめてこの言葉を聞いたとき、私は少し笑ってしまった。辞めますの一言を、なぜ赤の他人に頼むのか。せめて自分の口で言うのが社会人としての筋ではないか。当時の私は本気でそう思っていた。
その感覚には、自分なりの裏付けがあった。十数年前、ある会社のリストラプロジェクトで、私は肩叩き役を担ったことがある。対象者を個室に呼び、会社の方針を伝え、退職勧奨の条件を説明する。言葉にすると淡白だが、やっている側の消耗は凄まじかった。相手の表情が変わる瞬間を何度も見た。声を荒らげる人、黙り込む人、涙を流す人。私は「伝える側」として、職場で言葉を発することの重さを身体で覚えた。だから余計に思っていた——「辞めます」くらい、自分の口で言うべきだ、と。
バックオフィスで人事まわりの実務に関わっていた頃には、退職の申し出を受ける側に立ったこともある。机をはさんで「実は」と切り出す瞬間の、あの空気の重さも知っている。伝える側も、受ける側も経験した。その上でなお、「退職くらい自分で言うものだろう」という感覚は抜けなかった。
今は違う。考えが変わったのは、退職代行を利用した人たちの声に触れるうちに、これが「本人の弱さ」の話ではなく「職場の構造」の話だとわかったからだ。そして構造の問題だとわかった瞬間、私の頭にはまったく別の領域のことが浮かんだ。AIの話だ。
「辞めます」が言えない職場の正体
退職代行を使う人に共通しているのは、「言えない」という状態だ。言いたくないのではない。言えない。上司に退職を切り出したら怒鳴られた。引き止めという名の詰問が数時間に及んだ。あるいはもっと陰湿に、退職の意思を伝えた翌日から周囲の態度があからさまに変わった。そういう体験をした人、あるいはそういう体験をした同僚を間近で見た人が、「ならば第三者を間に立てよう」と判断する。これは弱さではない。合理的な自衛だ。
少し脱線する。退職代行の料金は、だいたい2万円から5万円が相場だそうだ。飲み会2回分で人生が変わるなら安い、と言う人もいる。たしかにそういう見方もできる。でも一歩引いて考えてみてほしい。「辞めます」というたった一言を代わりに伝えるだけで、数万円のビジネスが成立している。しかも市場は拡大し続けている。これは何を意味しているか。それだけ多くの人が、たった一言を自分の口から出せない環境にいるということだ。個人の問題として片付けるには、数が多すぎる。
私はこの構造を見たとき、もうひとつの「言えない」を思い出した。ハラスメントの相談だ。
相談窓口を、本気で信じている人はどれだけいるか
企業にはハラスメント相談窓口がある。法律で義務化されたのだから、あって当然だ。でも、窓口が「ある」ことと「機能している」ことは、まったく別の話だ。
私はかつて、コンプライアンスまわりの実務を担当していたことがある。相談窓口の運用にも携わった。そこで思い知ったのは、窓口という仕組みが抱える構造的な矛盾だった。相談を受けるのは、ほとんどの場合、同じ会社の人間だ。人事部の誰か、総務部の誰か、あるいは「外部委託」をうたいつつ実質的に人事と直結している窓口。相談する側は、それをわかっている。「この人に話して、本当に守ってもらえるのか」「加害者と名指しした相手に、筒抜けにならないか」「自分の評価に影響しないか」。考えれば考えるほど、口は重くなる。結果として、窓口は存在するが誰も来ない。年度末の報告書には「相談件数ゼロ」と書かれ、それが「問題なし」と読み替えられる。問題がないのではない。言えないだけだ。
退職代行が解決した構造と、まったく同じではないか。「言いたいことがあるのに、言う先が同じ組織の人間だから言えない」。退職代行はそこに外部の第三者を持ち込むことで突破した。ではハラスメント相談にも、組織と完全に切り離された存在を置けばいい。その役割に最も適しているのが、AIだと私は考えている。
AIは空気を読めない。だから相談窓口に向いている
AIにハラスメントの相談をする。そう書くと、「つらい思いをしている人に対して、機械で対応するのか」という反発が聞こえてきそうだ。わかる。でも少し立ち止まって考えてほしい。
AIには上司への忖度がない。相談者の人事評価に手を突っ込むこともない。「あの人は数字を作れる人だから」「昔からああいうタイプの人だから」という、組織の中で長年かけて醸成された空気を一切共有していない。つまりAIは空気が読めない。この「読めなさ」が、ハラスメント相談の入口としては、むしろ最大の武器になる。
人間の相談窓口で起きがちなことを、ひとつだけ言う。「それはハラスメントとまでは言い切れないかもしれませんね」——受け手の側に生まれる、無意識のフィルタリングだ。悪意はない。だが窓口の担当者も同じ組織の人間である以上、加害者として名前が挙がった相手と翌日の会議で顔を合わせる可能性がある。完全に中立でいられる人間は存在しない。仕組みとして無理がある。
AIにはその制約がない。相談内容を記録し、整理し、「この状況は厚生労働省が定義するパワーハラスメントの類型に該当する可能性があります」と、事実ベースで返す。感情を挟まず、忖度もしない。冷たいと感じるかもしれないが、相談の入口に必要なのは共感よりも安全だ。「この場所で話しても、自分は不利にならない」。その確信が持てなければ、人は口を開かない。AIはその確信を、構造によって保証できる。
ここで、自分自身に突っ込みを入れておく。以前このコラムで、社員がAIツールに顧客情報を入力するリスクについて書いた。善意の効率化が、知らないうちに個人情報を外部に渡している、と。ハラスメントの相談内容は、顧客の氏名や連絡先よりも遥かにセンシティブだ。被害の詳細、加害者の実名、相談者の精神状態——それを「AIに預けろ」と言うのは、あの回で書いたことと矛盾するではないか。その通りだ。だからこそ、社員が個人の判断でChatGPTに相談するという形ではだめだ。データがどこに保存されるのか、誰がアクセスできるのか、保存期間はどうか。設計段階からそこを制御した専用の仕組みでなければ、相談窓口にはならない。AIの可能性を語るからこそ、AIのリスクを書いた回の自分を裏切るわけにはいかない。
もちろんAIだけで問題が解決するわけではない。加害者への対応も、配置転換の判断も、最終的には人間がやるしかない。でも「言えない」を「言える」に変える最初の一歩として、AIは今ある選択肢のなかで飛び抜けている。退職代行が「辞めますを代わりに伝える」サービスなら、AIは「つらいですを安全に預けられる場所」だ。
見えないコストを、いつまで放置するのか
退職代行の市場が伸びているということは、「言えない」を抱えた人がそれだけ存在するということだ。そしてその「言えない」は、退職を決意する瞬間にだけ現れるものではない。日々の業務のなかで、少しずつ、しかし確実に蓄積している。
ある日突然、退職代行を名乗る業者から会社に電話が入る。昨日まで隣の席にいた人が、今日からもう来ない。引き継ぎもない。残された側は「なぜ急に」と首をかしげる。でもそれは急ではない。ずっと言えなかっただけだ。言えなかったものが限界まで溜まって、最後に退職代行という形で一気に噴き出した。そしてその「言えなかったもの」の中に、高い確率でハラスメントが含まれている。
このコストを、日本の企業社会はあまりにも過小評価している。相談窓口を形式的に設置して「法令に基づき体制を整備しています」と報告し、実際に機能しているかは検証しない。それは退職代行が社会現象になる前に「退職届のテンプレートは社内ポータルにあります」と案内していたのと同じだ。道具を置いただけで、仕事をした気になっている。
退職代行とAI。一見つながりのない二つの言葉だが、根っこは同じだ。「言いたいことを、言うべき相手に、直接言えない」。この国の職場が何十年も抱えてきた構造的な問題に対して、それぞれ別の角度から刃を入れようとしている。退職代行は「出口」を作った。AIは「入口」を作れる。どちらが先でもいい。構造を変えるには、穴を開けることが第一歩だ。
次回は、もう少しこのテーマを掘ります。「ハラスメント研修を受けた回数と、ハラスメントが減った実感が比例しない」という、多くの人が薄々感じている問題について。形骸化した研修をAIがどう変えるか——あるいは、変えられないのか。
次の成長に向けて、いま整えるべきことを。
AI、EC、マーケティング、採用、数値管理。
構想だけで終わらせず、実行できる体制へ。
まずは課題を整理してみるところから、スポルアップが実務目線で伴走します。
