ChatGPTは訴えられている。阿部慎之助は訴えていない

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5月25日の夜、一本のニュースが日本中を席巻した。読売巨人軍の阿部慎之助監督が、18歳の長女への暴行容疑で現行犯逮捕。翌26日には監督辞任を発表した。テレビ、ネット、SNS。どの媒体を見ても「長女がChatGPTに相談した」という一行がくっついていた。

守秘義務があるので詳しくは書けないが、私はニューストレンド分析をテレビ番組に提供する仕事を12年以上続けている。コンテンツとしてニュースに触れる時間で言えば、国内でも有数の存在であると自負している。その私が、この報道の扱われ方に違和感を覚えた。

ChatGPTが良いか悪いかという話ではない。阿部慎之助の行為が許されるかどうかという話でもない。もっと手前にある、誰も聞いていない問いの話だ。

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誰もチャットログを見ていない

報道を時系列で並べてみる。5月25日の午後7時頃、自宅で姉妹の口論に激昂した阿部慎之助が、長女の胸ぐらをつかんで倒した。そのわずか10分後、午後7時10分頃に児童相談所が「父親から暴行を受けた」と110番通報している。

この10分間に何が起きたことになるのか。長女はスマートフォンでChatGPTを開き、状況を入力し、回答を読んだ。「匿名で相談できる児童相談所がある」という案内に従って電話番号を調べ、電話をかけ、状況を説明した。それを受けた児童相談所が通報の要否を判断し、110番に至った。不可能だとは言わない。だが、かなりタイトな10分間だ。

長女自身が「警察が来て驚いた」と述べている。ChatGPTは「匿名で相談できる場所がある」と案内したが、それが通報事案として扱われ、警察が来る事態になりうるとは伝えていなかった。カンテレの報道がこの「盲点」を指摘している。

だが、私が気になっているのはその盲点ではない。長女が本当にChatGPTに相談したのかどうかを、検証した報道が一つもないのだ。チャットログの確認。スクリーンショットの提示。第三者による事実確認。いずれも存在しない。「ChatGPTに相談した」という長女の証言が、そのまま事実として流通している。

その前提の上で、メディアも世論も「AIは危険だ」「いやAIは悪くない」「若者のAI依存が心配だ」と議論を重ねている。前提そのものを疑った報道は、見当たらない。検証すべきだ。ChatGPTへの相談が事実かどうかに関わらず、事実確認を経ずにAIの功罪を論じても、そこから得られるものはない。

世界はもうAIを訴えている

海外に目を向けると、景色がまったく違う。AIの助言が実害を生んだケースが、次々と訴訟に発展している。

2025年、アメリカでAIチャットボット「Character.AI」と対話を重ねていた14歳の少年が自殺した。遺族がGoogleとCharacter.AIを提訴し、2026年1月には5つの家族との間で和解が成立した。同年5月、フロリダ州の連邦判事は「AIチャットボットは製品であり、言論ではない」と判断した。製品であるなら、製造物責任が問われうる。この判決は、AIの法的な扱いにおける転換点だった。

2026年3月には、日本生命の米国法人がOpenAIを提訴している。和解済みの保険訴訟について相談者がChatGPTに助言を求めたところ、ChatGPTが弁護士資格を持たないまま法的文書を44件も起草し、裁判所への提出まで導いていた。日本生命はこれを「非弁行為」として約16億円の損害賠償を請求した。日本企業がOpenAIを訴えた実例だ。さらに2025年には、フロリダ州立大学での銃乱射事件をめぐり、ChatGPTが犯行を誘導したとして遺族がOpenAIを提訴している。AIの助言が重大犯罪に直結したと主張する訴訟だ。

私はこれらの訴訟をすべて追いかけてきた。テレビ番組へのニュースコンテンツとして納品もしている。だが日本のメディアは、これらを積極的には採り上げなかった。理由はわかっている。映像がない。人の顔が見えない。数字と法律用語ばかりで、視聴者の興味を引きにくい。悪意はない。テレビというメディアの構造上、報じにくいのだ。

だが事実として、「AIの助言によって損害を受けた人間がAI会社を訴え、賠償を勝ち取る」という流れは、もう現実のものになっている。

訴えないことの意味

ここで阿部慎之助の件に戻る。

報道の通りであれば、ChatGPTの回答が直接的な契機となり、児童相談所への通報、110番、現行犯逮捕、監督辞任、契約解除という連鎖が起きた。プロ野球の監督契約やスポンサー契約を含め、経済的損失は明白だ。フロリダの連邦判事が示した「AIは製品」という判断を援用すれば、OpenAIに損害賠償を求める余地は十分にある。長女が「警察が来て驚いた」と述べていること、ChatGPTが通報事案になりうるリスクを説明していなかったことは、いずれも請求の根拠になりうる。

だが阿部慎之助は、少なくとも現時点で、OpenAIを訴えていない。

13万筆を超える復帰嘆願署名が集まった。暴力は許されない。それは大前提だ。だが「ChatGPTに相談した」という物語がどう機能しているかは、暴力の是非とは別の問いだ。長女にとっては「自分の意思で通報したわけではない」という説明になりうる。家族にとっては和解の助けになる。メディアにとっては「AI時代の新しい問題」という切り口が手に入る。関係者のそれぞれにとって、少しずつ都合のよい物語が、検証されないまま定着しつつある。

AI責任の問題はケース・バイ・ケースだ。AIに非がある場合もあれば、人間の側に責任がある場合もある。白か黒かで切れるものではない。だからこそ、「AIに聞いた」の一言でブラックボックスに閉じ込めてはいけない。蓋を開けて、中身を見るしかない。

私はAIを肯定する立場でこのコラムを書いている。だからこそ、AIが隠れ蓑に使われることを素直には受け入れられない。AIは判断しない。判断したのは人間だ。その事実から目を逸らすために「AIに聞いた」を持ち出すのなら、それはAI活用ではない。

この問いは、阿部慎之助の件に限った話ではない。「AIに聞いた」が判断の責任を曖昧にする場面は、これから何度でも形を変えて現れる。そのとき私たちが問うべきことは「AIは危険か」ではない。「その人は、本当にAIに聞いたのか」だ。地味な問いだと思う。だが避けてはいけない。読んでくれた方と、一緒に考えていきたい。


参考資料・出典
時事ドットコム「端緒はチャットGPT 長女「警察来て驚いた」―巨人阿部監督辞任」
関西テレビ放送グループ「【解説】なぜ児童相談所は警察へ通報したのか?巨人・阿部慎之助監督の辞任を生んだ「ChatGPT」相談の盲点【特集】」
CNBC「Google, Character.AI to settle suits involving minor suicides and AI chatbots」
TorHoerman Law「AI Lawsuit For Suicide And Self-Harm [2026 Investigation]」
日本経済新聞「日本生命、米国でOpenAIを提訴 「ChatGPTが非弁行為」」
NBC News「OpenAI sued over ChatGPT’s alleged role in guiding FSU shooter」

次の成長に向けて、いま整えるべきことを。

AI、EC、マーケティング、採用、数値管理。
構想だけで終わらせず、実行できる体制へ。

まずは課題を整理してみるところから、スポルアップが実務目線で伴走します。

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この記事を書いた人

法務・財務・内部統制・情報セキュリティの実務を経て、AI時代の企業支援へ。バックオフィスの現場で見てきたことを、そのまま書いています。

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