予算と実績のズレを詰める会議に、何年も出ていた。月がひとつ終わるたびに、各部門の責任者が会議室に集まる。期の初めに立てた予算に対して、実績はどうだったか。売上はいくら足りなかったか、経費はどれだけ超えたか。一行ずつ、差額を読み上げていく。予算と実績を突き合わせるこの作業を、実務では予実管理と呼ぶ。以前在籍していた会社で、私はその会議に数字を用意する側として座っていた。
そこで気づいたことがある。実績が予算どおりか、それを上回っているとき、説明は短い。「好調でした」の一言で終わる。ところが未達のときだけ、説明が急に長くなる。天候が悪かった。競合が値下げしてきた。大口の客が急にキャンセルした。年度末に集中するはずだった案件が翌期にずれた——。理由はいくらでも出てくる。どれも嘘ではない。だが会議の空気として、それは説明というより弁明だった。私は内心、この会議を「言い訳の品評会」と呼んでいた。誰の言い訳が一番もっともらしいか。それを部門長たちが順番に発表していく場だった。
その会議に、もしAIがいたらどうなるか。最近、予算と実績の差異分析を実際にAIにやらせてみて、私はある変化に気づいた。人間の言い訳が、きれいに消えたのだ。ただし、消えたことを手放しで喜んでいいのかは、また別の話だった。その話をする。
AIは、差異を一瞬で分解する
予実の差異には型がある。売上が予算に届かなかったとき、その原因は大きく割れる。想定より単価が低かったのか(価格の差)、売れた数が足りなかったのか(数量の差)、売れた商品の組み合わせが変わったのか(構成の差)。経費の超過も同じで、単価の問題か、量の問題かに分かれる。この分解は管理会計の定石だが、手でやると集計に時間がかかる。だがデータさえ揃っていれば、AIはこれを一瞬で片づける。「予算と実績の差額を、価格・数量・構成の要因に分けて」と頼めば、数字がきれいに割れて返ってくる。
実際にやらせてみると、精度以上に速さに驚く。担当者が半日かけて作っていた要因分解が、指示を出してから数十秒で出てくる。しかも、感情が入らない。「頑張ったのだが天候が」といった枕詞は一切つかない。売上が予算に三千万円届かなかったなら、そのうち単価の要因がいくら、数量の要因がいくら、と冷たく分けて見せる。会議で部門長が並べていた弁明の入り込む隙が、数字の分解の前ではきれいに消える。
消えたのは言い訳か、それとも「なぜ」か
ここで立ち止まる。言い訳が消えるのは、いいことのように思える。責任の所在があいまいにならず、数字が数字のまま扱われる。だが予実管理を長くやってきた立場から言うと、そう単純ではない。
AIが出すのは「何が起きたか」の分解だ。単価が下がった、数量が減った、と。だが、なぜ下がったのかは、その分解表には載っていない。単価が下がったのは、競合に対抗して値引きしたからかもしれないし、大口客に特別価格を出したからかもしれないし、単に単価の高い商品が売れなかっただけかもしれない。この三つは、数字の上ではどれも「価格の差のマイナス」で同じ顔をしている。だが経営判断としての意味は、まるで違う。
会議で部門長が並べていた言い訳の中には、この「なぜ」が混じっていた。弁明の体裁をとってはいたが、聞きようによっては現場でしか掴めない情報だった。大口客がキャンセルした、という報告は、来期の予算を組み直す材料になる。競合が値下げしてきた、という話は、こちらの価格戦略を見直す引き金になる。言い訳を封じて数字だけを見れば、たしかに会議は締まる。だが同時に、次の一手のヒントも一緒に捨てている。
数字を説明することと、経営判断は違う
私はAIを肯定している。予実の差異分解のように、定型で、面倒で、感情の入り込む余地がない仕事は、むしろ人間より機械に向いている。あの半日仕事が数十秒で終わるなら、使わない手はない。だが、肯定することと、その出力を信頼しきることは違う。ここを取り違えると危ない。
AIの差異分解を見て「原因がわかった」と満足してしまう。これが落とし穴だ。分解できたのは「何が」であって、「なぜ」ではない。「なぜ」を詰めないまま次の予算を組めば、同じズレを来期も繰り返す。数字を説明することと、その先の経営判断をすることは、別の仕事だ。AIは前者を恐ろしく速くしてくれる。だが後者は、数字の外にある文脈を知っている人間が、自分の頭でやるしかない。取引先との力関係、現場の温度、まだ表に出ていない案件——そういうものは、差異分解の表には決して現れない。
予実管理でAIに任せるべきは、差異の分解までだ。単価の要因がいくら、数量の要因がいくら、そこまでは機械に出させて、人間はその先の「なぜ」に時間を使う。言い訳を消すこと自体が目的ではない。かつての品評会が非効率だったのは、弁明に時間を取られて、肝心の「だから次どうするか」までたどり着けなかったからだ。AIが弁明の部分を数字で片づけてくれるなら、人間はようやく本題に集中できる。
言い訳が消えた会議は、静かで、速い。だが静かになった分だけ、人間がやるべき仕事の中身は重くなる。数字が「何が起きたか」を突きつけてきたあとで、「なぜ」と「だからどうする」を引き受けるのは、結局のところ人間だ。AIに予実管理をやらせてみて一番はっきりしたのは、機械が代われる仕事と、代われない仕事の境目だった。言い訳の品評会は、終わっていい。その先の、本当の会議を始めるために。
アイキャッチ画像はAI生成です。
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