採用の予算を組む側に座っていたことがある。景気が傾くと、あれほど「人が足りない」と騒いでいた社内が、嘘のように静かになる。求人広告は削られ、採用計画は凍り、翌年の新卒枠がゼロになる。そして数年経つと、また「人が足りない」が戻ってくる。同じ会社が、だ。あの振り子を何度か見てから、私は「人手不足」という言葉を、天気のように聞くようになった。いまは雨が降っている。だが、ずっと降り続く雨はない。
いまの日本の有効求人倍率——仕事を探す人1人あたりの求人の数は、直近の令和8年4月で1.18倍だ。この数字、実は初めて見る数字ではない。コロナ禍の2020年、年平均がちょうど1.18倍だった。同じ1.18が、6年を挟んで二度来ている。今日はこの偶然を入り口に、数字を「点」ではなく「線」で見る話をしたい。
この30年、倍率はジェットコースターだった
厚生労働省の統計で節目をたどる。バブル期には一時1.4倍を記録した。それが弾けて長い坂を転げ落ち、就職氷河期のただ中の1999年には0.48倍。求職者2人に求人が1件しかない世界だ。持ち直しかけたところにリーマン・ショックが来て、再び0.4倍台まで沈む。そこから景気の回復とともに10年近く上がり続け、2018年に1.61倍、2019年に1.60倍。人手不足が連日報じられた頃だ。そしてコロナで1.18倍まで急落し、いままた1.18倍にいる。
こうして並べると、いまの1.18倍の位置が見えてくる。氷河期の0.48倍から見れば、はるかに温かい。2018年の1.61倍から見れば、一段落ち着いている。「空前の人手不足」という表現が飛び交うが、水位そのものは、この30年の振れ幅の中では真ん中より少し上だ。
同じ1.18でも、向きが逆だ
では、いまの1.18は2020年の1.18と同じ状況なのか。ここが今日の本題だ。答えは、まるで違う。2020年の1.18は、1.60から一気に転げ落ちる途中の数字だった。コロナで求人が蒸発し、坂を下っている最中の通過点だ。いまの1.18は、その後の回復を経て、高止まりには届かない位置で粘っている数字だ。しかも背景には、景気の波ではなく、働き手そのものが減っていくという人口の構造がある。落ちていく途中の1.18と、構造の上に据わった1.18。点としては同一でも、線として見れば、向きがまったく逆を向いている。
これが、時系列で見ることの効用だ。数字は、点で見ると大きさしか語らない。線で見ると、向きと速さを語り始める。そして実務の判断に効くのは、たいてい大きさより向きのほうだ。売上でも、在庫でも、離職率でも同じことが言える。今月の値が良いか悪いかより、どちらへ動いている最中なのかが、次の一手を決める。採用の実務なら、なおさらだ。下り坂の1.18なら、少し待てば採りやすくなる、という読みが成り立つ。据わった1.18なら、待っても安くはならない。同じ数字を見て「待つ」と判断するか「いま動く」と判断するかは、向きの読みひとつで逆になる。冒頭の振り子の話に戻れば、あの頃の「景気が戻れば採れる」という前提そのものが、いまは崩れかけている。
AIに数字を渡すなら、歴史ごと渡す
AIに「有効求人倍率1.18倍は高いですか」と聞けば、そつのない答えが返ってくるだろう。1を超えているので求人が多い状態です、と。間違いではないが、それは点の答えだ。0.48の時代があり、1.61の時代があり、同じ1.18に二つの顔があることは、こちらが時系列ごと渡さない限り、答えには織り込まれない。AIは渡されたものの範囲で、最もそれらしく答える道具だ。だから、数字を1個だけ渡して判断を仰ぐのは、使い方としてもったいない。並びで渡す。期間を選んで渡す。どの期間を「歴史」として渡すかを決めるのは、こちらの仕事だ。
私は分析の作業をAIに任せることに、ためらいはない。30年分の統計を整えて節目を拾わせれば、この記事の図のような整理は一瞬で返ってくる。ただし、バブルから測るのか、氷河期から測るのか、コロナから測るのか——物差しの始点を選んだ時点で、答えの半分は決まっている。その選択だけは、道具に渡さないほうがいい。
天気は変わる。備えは向きで決める
人手不足は、この国の永遠の宿命のように語られる。だが30年の線を見れば、0.48の日照りも1.61の豪雨もあった。いまの1.18が明日も続く保証は、どこにもない。それでも、2020年と違って、いまの1.18の下には人口という地盤の変化が横たわっている。次に振り子が戻っても、戻り方は以前と同じではないだろう。
次に「人手不足」という言葉を聞いたら、数字を一つだけでなく、線で思い出してみてほしい。それは上り坂の途中なのか、下り坂の途中なのか、それとも据わってしまった数字なのか。同じ1.18でも、向きが違えば、打つ手は変わる。数字の大きさは覚えなくていい。向きだけは、確かめる価値がある。
アイキャッチ画像はAI生成です。
次の成長に向けて、いま整えるべきことを。
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まずは課題を整理してみるところから、スポルアップが実務目線で伴走します。
