上場準備をしていた会社で、私はしばらく、取締役会議事録の番人のような仕事をしていた。会議のたびに議事録を起こし、監査法人と証券会社の目にさらす。あるとき、過去の一枚に「異議なく承認された」と書いてあるのを見て、審査担当者が静かに聞いてきた。「この件、本当に議論はなかったんですか」。私は言葉に詰まった。実際には、それなりに揉めた案件だった。ただ、最後は全員が賛成した。だから間違ってはいない。だが、揉めた事実を一行も残さなかったその議事録は、後から見ると、ずいぶん薄っぺらいものに見えた。議事録とは何を残す紙なのか。あのとき初めて、真剣に考えた。
いま、その議事録をAIに書かせる会社が増えている。会議を録音し、文字起こしにかけ、体裁の整った議事録が数分で出てくる。清書の手間は消えた。では聞きたい。AIが書いた取締役会議事録は、法的に有効なのか。今日はその話をする。
結論から言えば、作った者は問われない
先に答えを言う。誰が原稿を書いたかは、議事録の有効性に関係ない。会社法が求めているのは、作成者の資格ではなく、別のところにある。取締役会議事録については、書面なら出席した取締役と監査役が署名または記名押印すること、電磁的記録なら電子署名をすること。そして取締役会の日から十年間、本店に備え置くこと。会社法が定めているのは、おおむねこれだ。「議事録は人間が手で書かねばならない」とは、どこにも書いていない。
だから、AIに下書きさせること自体は、何も違法ではない。秘書が書いても、弁護士が書いても、AIが書いても、そこは変わらない。むしろ清書や体裁を整える作業は、機械の得意分野だ。決められた様式に沿って、発言を漏れなく拾い、時系列に並べる。人間が深夜にやってミスをするより、よほど正確なことすらある。ここまでなら、AIの議事録は歓迎していい話に聞こえる。実際、半分はそうだ。問題は、残りの半分にある。
議事録は、議論の記録であり、決定の証跡である
議事録には二つの顔がある。ひとつは、その日に何が話されたかの記録。もうひとつは、会社として何を、なぜ決めたかの証跡だ。前者は、ただのメモだ。後者は、まるで重みが違う。取締役会の決定は、会社の意思そのものだ。融資を受ける、事業を売る、役員の責任を問う。どれも、後から誰かが「その決定は妥当だったのか」と検証する日が来る。そのとき最初に開かれるのが、議事録だ。
ここにAIの弱点が、静かに忍び込む。AIは、文字起こしの隙間を埋めるのがうまい。録音が途切れた箇所、発言が曖昧だった箇所を、前後の文脈からそれらしい言葉で埋めてくる。日常のメモならありがたい機能だ。だが証跡としての議事録で、これは毒になる。実際には出なかった意見が、議論されたことになる。曖昧なまま流れた論点に、きれいな結論がついてしまう。私が昔書いた「異議なく承認された」の逆だ。あのときは揉めた事実を消してしまったが、AIは逆に、無かった議論を足しかねない。どちらも、その場の真実からは、ずれている。
厄介なのは、AIが書いた議事録ほど、読み心地がいいことだ。文章が整い、論理が通り、いかにも「きちんとした会社の議事録」に見える。人間が書けば、言い淀みや不格好な要約が残る。その不格好さが、かえって現場の温度を伝えることがある。滑らかに整いすぎた記録は、疑うきっかけすら与えてくれない。見た目の完成度と、記録としての正確さは、別のものだ。私は普段からそう言って回っているのだが、AIをめぐる危うさは、たいてい「出来がよすぎて疑えない」ところに宿る。
署名が、意味していること
ではなぜ、法律は作成者を問わないのに、署名や押印は厳しく求めるのか。ここに答えがある。署名とは、「この記録は正しいと、私が保証する」という宣言だ。誰が下書きしたかはどうでもいい。最後にそこへ名を書いた出席者が、内容に責任を負う。その構造は、原稿をAIが書こうと、一ミリも変わらない。むしろAIが書く時代になったからこそ、署名の重みは増している。
取締役会議事録は、十年、本店に残る。株主は原則それを閲覧でき、争いになれば裁判所も見る。将来、経営判断をめぐって役員の責任が問われたとき、「あの日、取締役会でこういう議論をし、こう決めた」と自分を守ってくれるのも、逆に追い詰めるのも、この一枚だ。そこに、実際には交わさなかった議論がAIの筆で書き込まれていたら。署名した本人が、その言葉に縛られる。無かったはずの発言に、法的な責任を負わされる日が、現実に来る。証跡とは、そういうものだ。
だから危険の在り処を、正確に言い直したい。「AIが書いたから無効になる」のではない。「AIが書いたものを、確かめずに署名すること」が危ないのだ。議事録の有効性を最後に支えるのは、作成の技術ではなく、署名する人間の誠実さだ。自分の記憶と、目の前の記録を突き合わせる。足された議論はないか。消された異論はないか。その一手間を省いた瞬間、便利な道具は、十年後の自分を縛る証拠にすり替わる。
AIに書かせていい。ただし、読んでから署名する
私は、取締役会議事録をAIに書かせることに反対しない。むしろ、やればいい。深夜に議事録と格闘する担当者を、機械が助けてくれるなら、それは素直に良いことだ。私自身、この原稿の下調べも文字起こしも、機械に手伝わせている。肯定はしている。ただ、署名の前の一行だけは、人間が譲ってはいけない。出てきた記録を、自分の記憶で読み直す。その工程を飛ばした議事録は、たとえ全員が署名していても、中身は誰も保証していない紙になる。
問われているのは、いつだって同じことだ。AIが書いたかどうかではない。人間が、確かめたかどうか。議事録の末尾に名を書く前に、いちど立ち止まってほしい。この記録は、本当にあの日の会議室で起きたことか、と。そこに残すのは、AIの文章力ではなく、あなたの記憶の正確さのほうだ。
アイキャッチ画像はAI生成です。
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