監査人が見るのは、AIの答えではなく、人が見た跡だ

会計監査人への対応を何年か担当していた。監査の日、彼らが机に置くのは電卓ではなく、質問の一覧だった。この数字はどこから来たか。誰が確かめたか。確かめた記録はあるか。数字そのものより、数字に至る過程を見に来る。最初の年、私は数字の正しさばかり説明して、「それは分かりました。で、誰がいつ見ましたか」と繰り返し聞かれた。監査とは、答えの正しさを確かめる作業ではない。答えに至る過程が、再現できる形で残っているかを確かめる作業だ。

この基本は、経理にAIが入っても一ミリも変わらない。むしろ、AIが入ることで、この基本がより強く問われるようになる。今日は、AIを使った経理処理が監査でどう見られるか、そして証跡をどう残せばいいかを、監査される側の経験から書く。

目次

監査人は、AIの中身を見に来ない

最初に確認しておきたいのは、監査人がAIの仕組みを検証しに来るわけではない、ということだ。AIがどういう理屈でその仕訳を提案したかは、AIの中身を開いても分からないし、監査人も開こうとしない。彼らが見るのは、AIの出力を人間がどう扱ったかだ。出力をそのまま帳簿に載せたのか、誰かが確かめてから載せたのか。確かめたなら、何を基準に、どこまで見たのか。

だから、AIを使った処理の証跡とは、AIの記録ではなく、人間の確認の記録になる。AIが消込の候補を出した。担当者が候補を見て、一致を承認した。上司が承認の一覧を確認した。この三段階のうち、残すべきは後ろの二つだ。AIの候補は材料で、人間の承認が処理だ。監査人が知りたいのは、処理の側にある。

残すべき四つの跡

では、具体的に何を残すか。私が監査対応で学んだ要件を、AIに当てはめると、四つになる。ひとつ目は、入力だ。AIに何を渡したか。渡したデータの範囲と時点が分かるように残す。ふたつ目は、出力だ。AIが何を返したか。候補の一覧そのものを、改変せずに保存する。三つ目は、判断だ。誰が、いつ、出力のどれを採用し、どれを退けたか。ここが監査の核で、採用しなかったものにも理由が一言あると強い。四つ目は、承認だ。担当者の判断を、別の誰かが確認した記録。

この四つが揃っていると、監査人は「AIを使ったこと」を問題にしない。揃っていないと、AIを使っていなくても問題にする。つまり、AIの有無は監査の論点ではなく、過程が残っているかだけが論点だ。AIを入れた会社が監査で苦労するとしたら、AIを入れたからではなく、入れた勢いで人間の確認を省いたからだ。

効率化と証跡は、両立できる

ここで、よくある反論に触れておく。四つも記録を残したら、AIで速くなった分が帳消しになる、というものだ。そうはならない。入力と出力の保存は、仕組みで自動化できる。AIに渡したデータと返ってきた候補を、そのままログとして残せばいい。人間が手を動かすのは、判断と承認の二つだけで、これはAI導入前から経理がやっていたことだ。変わるのは、判断の対象が「自分で突き合わせた結果」から「AIが出した候補」になることで、確認の手間は、むしろ減る。

私はAIを経理に入れることに賛成で、監査がその妨げになるとは思っていない。妨げになるのは、「AIが出したのだから正しい」と考えて確認を飛ばす使い方のほうだ。その使い方は、監査で指摘される以前に、経理としての責任の放棄だ。AIは候補を出す。人間が決める。決めた跡を残す。この順番を守る限り、AIは監査対応を難しくするどころか、入力と出力が自動で残るぶん、手作業の時代より証跡が厚くなる。

監査人への説明にも、順番がある。監査の冒頭で、AIを使っている処理の一覧を先に渡す。どの業務で、どのAIが、何を出し、誰が確認しているか。聞かれる前に出す。この一覧があるだけで、監査人の側の構えが変わる。「AIを使っている会社」から「AIの使い方を管理している会社」へ、見られ方が移る。隠すつもりはなくても、聞かれてから出すと、隠していたように見える。聞かれる前に出すのは、証跡の作り方の一部だ。

証跡の四つの跡は、監査のためだけのものではない。数か月後に「なぜこの仕訳にしたのか」を自分で振り返るときにも、同じ四つが要る。監査人に説明できる記録は、自分に説明できる記録でもある。証跡は、外に見せるためより先に、自分たちの判断を辿り直すためにある。

「誰がいつ見ましたか」に、答えられるか

監査の初年度に繰り返し聞かれたあの質問を、私はいま、AIを入れようとする経理の人たちに、そのまま投げている。AIが出した仕訳を、誰がいつ見ましたか。見た記録はありますか。この質問に即答できる会社は、監査を恐れる必要がない。答えに詰まる会社は、AIを入れる前に、確認の手順と記録の置き場を決めたほうがいい。

監査人が見るのは、AIの答えではない。その答えを、人が見た跡だ。AIがどれだけ賢くなっても、この一点は変わらない。証跡の作り方に新しい技術は要らない。入力と出力を残し、判断と承認を残す。昔からの四つの跡を、AIの周りにも、同じように置けばいい。

アイキャッチ画像はAI生成です。

次の成長に向けて、いま整えるべきことを。

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構想だけで終わらせず、実行できる体制へ。

まずは課題を整理してみるところから、スポルアップが実務目線で伴走します。

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この記事を書いた人

法務・財務・内部統制・情報セキュリティの実務を経て、AI時代の企業支援へ。バックオフィスの現場で見てきたことを、そのまま書いています。

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