今回はAIの話ではない。
少し驚かれたかもしれない。AIコラムと銘打っておいて何だ、と。でもフッタに「経営・数字まわりのことを、思ったことをそのまま書いています」と書いてある。だからたまにはこういう回があっていい、と思っている。
今日は、スタートアップの株式公開——IPO——の話だ。以前、公開準備業務に携わった経験がある。そのときに考えていたこと、感じていたことを書いてみる。
CFOの仕事は「翻訳」だ
IPOを目指す会社のCFOは、何をしているか。一言で言うと、翻訳だ。
社長が描くビジョンと、投資家が求める数字の間に立って、両者が理解できる言葉に変換し続ける。社長は「世界を変える」と言う。投資家は「それは何年後に黒字化するのか」と聞く。CFOはその橋を架ける。
これが思いのほか難しい。ビジョンを数字に落とすとき、どうしても夢が小さくなる。数字に落とせないビジョンは、投資家には絵空事に映る。その狭間で、どちらにも嘘をつかない言葉を探し続けるのがCFOの仕事だ。
「きれいな数字」の罠
IPO準備で一番消耗するのは、数字をきれいにする作業ではない。それは大変だが、やり方がある。
一番消耗するのは、「なぜこの数字になったのか」を説明できる状態を作ることだ。
審査の場では、数字の結果だけでなく、その数字に至るプロセスと判断の根拠が問われる。なぜこの時期にこの投資をしたのか。なぜこの費用がこの額なのか。なぜこの売上予測が現実的と言えるのか。一つひとつに、筋の通った説明が要る。
きれいに見える数字の裏に、説明できない判断が一つでもあると、そこが崩れる。審査はその一点を探してくる。だから準備期間中、CFOは数字よりも「判断の記録」を整備することに多くの時間を使う。地味で、報われにくい仕事だ。
上場は「ゴール」ではない
IPOを目指す経営者の中に、上場をゴールと捉えている人がいる。達成した瞬間に燃え尽きるタイプだ。
これは危ない。上場した瞬間から、会社は株主のものになる。四半期ごとに業績を説明する義務が生まれる。株価という数字が、毎日会社の評価を更新し続ける。経営の自由度は、上場前より確実に下がる。
CFOの立場から言うと、上場はスタートだ。資金調達の手段を一つ得た、というだけの話だ。その資金で何をするか、どう成長するかを描けていない会社は、上場後に苦しむ。
私が公開準備に携わっていた頃、「上場したらどうなりたいか」という問いを、経営陣と何度も議論した。その答えが明確な会社と、そうでない会社では、準備の質がまるで違った。
それでも、目指す価値はある
ここまで読むと、IPOを否定しているように見えるかもしれない。そうではない。
上場準備のプロセスそのものに、会社を鍛える効果がある。数字の管理体制を整え、意思決定の記録を残し、内部統制を構築する——これらは上場しなくても、会社経営に必要なことだ。上場という外圧を使って、それを強制的にやり切る。その価値は本物だと思っている。
上場はゴールではなく、通過点だ。そしてその通過点を目指すプロセスが、会社を別のステージに引き上げる。それを間近で見てきた経験から、そう言える。
次回は、AIの話に戻る。「AIは頭がいい部下ではない」というテーマで書くつもりだ。
株式会社スポルアップ CFO 加藤
AI・経営・数字まわりのことを、思ったことをそのまま書いています。
