月次決算の工程表を、初めて自分で書いたときのことを覚えている。以前在籍していた会社で、決算が遅い、早くしろ、と経営から言われ続け、何が遅いのかを誰も説明できなかった。それで、締め日から確定までの作業を、一つずつ紙に書き出した。銀行残高の照合、売掛金の消込、経費精算の集計、未払いの見積もり、上司のレビュー。書き出してみて分かったのは、遅いのは「決算」という一つの塊ではなく、特定の工程がいつも詰まっていることだった。
いま、月次決算をAIで早めたい、という相談をよく受ける。そのたびに、あの工程表を思い出す。AIは月次決算を速くする。それは本当だ。だが、全部を均等に速くするわけではない。工程表の上に置いてみると、縮むところと縮まないところが、はっきり分かれる。
工程を「前・中・後」に分けてみる
月次決算の工程は、大きく三つに分けられる。前は、材料を集める段階だ。請求書が届く、領収書が出てくる、各部署から売上や経費の報告が上がってくる。中は、集まった材料を処理する段階。仕訳を起こし、残高を照合し、入金と請求を突き合わせ、おかしな数字がないかを見る。後は、判断と確認の段階。まだ届いていない請求を見積もりで立て、引当を決め、責任者が全体を見て、確定させる。
遅延の原因を工程表で追うと、前と後に詰まりがあることが多い。だが、現場の疲労がいちばん溜まるのは中だ。量が多く、単調で、ミスが許されない。そして、AIが最も力を発揮するのも、この中の工程だ。
縮むのは「中」——照合、仕訳、異常の発見
銀行明細と帳簿の照合、入金と請求の消込、経費の仕訳起票。これらは、ルールが明確で、相手が数字で、量が多い。人間がやれば丸一日かかり、夕方には集中力が切れる。AIにとっては、得意分野そのものだ。摘要の書き方が毎月少しずつ違う入金元を、過去のパターンから紐づける。前月と比べて大きく振れた科目や、毎月あるはずなのに今月だけ無い経費を、網にかける。経験者の「勘」に頼っていた異常の発見が、機械的な確認に置き換わる。
この中の工程が縮むと、月次の風景は目に見えて変わる。締め日の翌日から丸二日を占めていた照合作業が、数時間になる。だが、ここで期待しすぎてはいけない。中が縮んでも、前と後が縮まなければ、確定の日は思ったほど早まらない。工程表を書いて分かったのは、まさにそこだった。
縮まないのは「前」と「後」——理由は別々だ
前の工程が縮まない理由は、外部に依存しているからだ。取引先からの請求書が月の何日に届くかは、こちらのAIがどれだけ賢くても変わらない。社内の各部署が経費を出すのが遅ければ、それも同じだ。前を縮めたければ、AIではなく、締め日の運用——請求書の電子受領、経費精算の期限の徹底、あるいは届かないものは見積もりで立てると割り切るルール——のほうを変えるしかない。道具の問題ではなく、約束事の問題だ。
後の工程が縮まない理由は、逆に、内部の判断だからだ。まだ届いていない費用をいくらで見積もるか。この引当は今月に入れるか来月か。数字の精度をどこまで追って、どこで確定させるか。これは計算ではなく、責任を伴う判断で、AIに渡せない種類の仕事だ。私はAIを経理に入れることに賛成だが、この後の工程を機械に委ねる気にはなれない。速くするべきは、判断の手前までだ。
ただし、前と後にAIがまったく無力かというと、そうでもない。前の工程では、届いた請求書の読み取りと仕訳の下書きは速くなるし、毎月同じ取引先から同じ頃に来る請求の「まだ来ていない」を検知して催促の一覧を作ることもできる。後の工程では、見積もりの判断そのものは渡せなくても、過去数か月の実績や前年同月の値を並べて「例年ならこの水準」と材料を出すことはできる。判断は人間がするが、判断の材料を揃える時間は縮む。前は約束事の整備と組み合わせて、後は材料出しに限定して使う。そう割り切ると、前と後にも、小さな短縮の余地が残っている。
工程表を書いてから、道具を選ぶ
月次決算をAIで早めたいなら、順番がある。まず、自社の工程表を書く。前・中・後に分け、それぞれに何日かかっているかを実測する。それから、中の工程にAIを当てる。前の遅れは運用で、後の遅れは判断の設計で、別々に手を打つ。この順番を飛ばして「AIを入れたのに早くならない」と嘆く会社は、たいてい前か後が詰まったままで、中だけが速くなっている。速くなった中の工程の手前で、届かない請求書を待ち、後ろで、決めきれない見積もりに悩んでいる。道具は働いているのに、確定の日が動かない。その理由は、工程表を見れば一目で分かる。
私が紙に書き出したあの工程表は、いま思えば、AIを入れる前の最良の準備だった。どこが速くなり、どこが速くならないかを、入れる前に知っていたからだ。月次決算で縮むのは、真ん中だけ。その一行を知っているだけで、導入の期待値も、打つ手の順番も、きれいに整う。
アイキャッチ画像はAI生成です。
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